影と言う仕事は、里外に出るときなんてほとんど視察や会議程度。あとは執務室に篭り書類の山と格闘することが大半だ。合間を見つけて鍛錬や、里内の様子を見るとの名目で散歩をして、日々時が過ぎていく。
しかし、ここ数ヶ月の間で医療塔に向かうことがそのサイクルの中に組み込まれていた。
今日は流石に暑いな。
じわりと額を濡らす汗に我愛羅は嫌気が差した。
生まれ育った土地とは言え、たまには屋外で快適に過ごしてもいいんじゃないだろうか。とどうしようもない事を考えながら、医療塔の一室のドアを軽く叩いた。
「あ、はーい」
中から聞こえた声と共に、顔を出したのは髪の毛をひとつにくくっていたサクラ。白い首筋がよく見え、我愛羅は思わず視線を逸らした。
「が、我愛羅くん、どうしたの……」
ひくりと口を引き攣らせてサクラは笑う。サクラの問いに、我愛羅はそうだ。と手に持っていた書類に視線を向けた。
「例の医忍の件で、この書類を書いてもらおうと思ってな」
差し出された書類を受け取りサクラは目を通す。木の葉と雲の共同医療団体への患者受け入れ希望と許可証。それには既に我愛羅のサインが記入されていた。
「わかったわ。じゃあ今から書くから……とりあえず中に入って」
外で待たせるのは如何なものかと思ったサクラは、我愛羅を室内に招きいれる。たち入った室内には薬品の匂いが充満していた。
木の葉から派遣される医療忍者に与えている医療塔の一室。講義の準備や砂隠れの忍と共同で開発する新薬の研究などに使われている部屋。
なにを研究しているかなんて、我愛羅には心底不明だが、フラスコやビーカーが机の上に大量に並び、中には何かの液体が入っている。
そんな部屋を、我愛羅が見渡している隙に書類を書いてしまおうとサクラは椅子に座りペンを走らせた。
静かな室内。
何故だかわからない緊張感にサクラは包まれる。
(……早く書いてしまおう)
するするとペンを走らせるたびに、髪を束ね高い位置でひとつに結んでいるサクラの髪がふわふわ揺れる。
その髪の毛に釣られるように我愛羅の視線が上下すれば、サクラのうなじが見え隠れした。
「ぎゃあああ!!」
サクラはうなじにひやりと何かに撫でられる感覚に思わず叫び声を上げた。
椅子から立ち上がり振り向けば、サクラの真後ろに立っていた我愛羅が右腕を持ち上げていた。
「な、な、なにするのよ……!」
ペンを持ったまま、右手で撫でられたうなじを押さえ、サクラは抗議する。
「思いの外、白かったんでつい……」
「ついって、どう、いう……」
ことよ。と言葉を続けようとするが、我愛羅の目元が柔らかく笑っていたことに、思わず後退りをする。
しかし、ドンっと腰がぶつかり視線を下げれば机があることに、サクラは「しまった」と心の中で呟いた。
我愛羅の指が伸び、親指がサクラの頬をするりと撫で、首筋に触れる。目を見開いたサクラは背中がゾクリとする感覚に身体を震わせる。
「サクラ」
静かな室内に、響く我愛羅の声。
鼻先がギリギリ触れない程の距離。似たようで違う深い緑の瞳がぶつかり合う。
思わず息を止め、ぎゅっと瞼を閉じたサクラの唇を我愛羅は親指で一度撫で、声を押し殺して笑っていた。
「わっ……笑うことないでしょう……!」
恐る恐る瞼を開けたサクラは、目の前でお腹を抱えて笑う我愛羅に顔を真っ赤にしながら怒り出す。
「すまん、すまん」
両手を胸元まで上げ、今にも殴りかかってきそうなサクラに謝罪をしたが、まだ顔が赤いサクラにじわじわと悪戯心が沸いた。
「期待したか?」
目を見開いたサクラはわなわなと身体を震わせて肺に空気をこれでもかというほど入れた。
「バカーー!!」
それはまるで、医療塔に響く怒号。医療塔の外で一休みしていた渡り鳥が驚いて飛び立った。
08. 恋という名の友愛以上
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