出来ない理由を並べていくのは嫌だった。だけど心の中で言い訳をしていかないと、心が潰されそうで、どうしようもなかった。
「なにをそんなに追い詰められているのよ……」
洗面台で顔を洗い、顔をあげれば鏡に映し出された表情を見て、サクラは唇をぎゅっと噛締めた。
しっかりしなきゃ。がんばらなきゃ。
パチンと両頬を濡れた手のひらで叩いて気合を入れる。鏡の中の表情は、晴れなかった。
ピンポーンと聞こえたのは、客人が訪れた事を教える呼び鈴。こんな時間に一体誰だろうか。今日は客人が来る予定は無かったはず。医療関連でマツリがきたのだろうか。
など思考を廻らせながら濡れた顔を拭う。小さく息を吐いて玄関口に向かいドアノブに手を伸ばした。
「なーんて顔してんのよ、アンタ」
「お……」
玄関を開けた先。目の前にいたのは実の母親のメブキ。思わず目を見開き、言葉に詰まったサクラは振り絞るように「おかあさん」と小さな声で呟いた。
「顔色悪いじゃないの? ちゃんと寝てるの、ご飯食べれてる? アンタのことだからまた無理ばっかりしてんじゃないの」
そっと、サクラの右頬に触れたメブキの手。昔に比べると皺が増え小さくなってしまったような母親の手。
だけどどこか懐かしくて、嬉しくて、サクラはゆっくりと瞼を閉じれば、じわりと目元が濡れていくのを理解した。
「……うん」
どうしてメブキが砂隠れにいるかなんて知らないし、どうやって家まで来たのかも分からないけれど、ひとつ分かる事は、ただ、心配をしてくれていたということだけ。
「うああぁぁぁ」
母、メブキとの久々の再会で緊張感が少しほぐれていたサクラは子供の泣き声にビクリと肩を震わせ、メブキに「ごめん、勝手に上がって!」と伝え泣き声が聞こえる部屋まで走って行く。
「お邪魔しますー」
上がってくれと言われたので、誰も聞いてはないと思ったが一言言葉を発し、靴を脱ぐ。腰を折り曲げ靴に手を伸ばせば、玄関の端で、赤い色をした忍の靴が綺麗に並べていたのを見てメブキは目尻を下げ微笑んだ。
肩に荷物を下げていたメブキはリビングのソファの横に荷物を置き、いまだ泣き止まない声が聞こえる薄暗い寝室に足を向ける。
部屋に入れば、耳を突くような大きな泣き声。サクラの腕の中で泣き叫ぶ元気な赤ん坊は泣きやむ気配が全くなかった。
「あらら、元気な子だねぇー」
「お母さん……」
眉を下げ困惑するサクラがメブキを見つめる。サクラから視線を下げ、メブキは赤ん坊を覗き見た。
「こんにちはー、ほーら。ばあばだよー」
泣きじゃくる赤ん坊をサクラから受け取りメブキは優しく抱き抱える。とても小さな背中を優しくゆっくりと撫でていた。
「ぐっ……す……ぁー」
でろーんと鼻水を垂らしていた赤ん坊の鼻を拭い綺麗にする。瞼を上下させ、少しだけぐずりだしていた赤ん坊の呼吸に合わせるようにメブキがゆっくりと背中を擦る様に撫で続けた。
うつらうつらとしだした赤ん坊がサクラの元に帰りたそうに腕を動かしだすのを見て、メブキはサクラに視線を向けた。
「……おかあさん、」
眉を下げ、奥歯を噛締めているサクラの表情にメブキは優しく問いかける。抱き抱えていた赤ん坊をサクラの腕に戻すと、サクラはぎゅっと子供を抱きしめながら声を震わせ、言葉を漏らした。
「私、お母さんみたいにうまく出来ない……」
うまく出来ないよ。瞼を閉じたサクラの目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。うつらうつらと眠りかけていた赤ん坊は頬に零れた涙に首を傾げていた。
「余裕がないし、周りが見えないし、彼とは喧嘩するし」
何より「乳母を雇おう」と言った我愛羅の言葉。その言葉はサクラを心配しての発言と言うのは重々承知していた。だがその言葉は"母親失格"と言われたような気がしてしまった。
あの日の夜から、二人ともどうしていいかわからず距離感が掴めずにいる。どこか互いに余所余所しい。このまま、駄目になってしまうのだろうか。
段々と深みに嵌るサクラの思考を振り払うように、メブキはサクラの両肩に腕を伸ばした。
「最初から出来るわけないでしょう。大丈夫だよ、ほら
その子が証明してるじゃないか」
メブキの言葉に目を開けて、腕の中にいる我が子を見ればにっこりと笑い小さな腕を必死でサクラの顔へと伸ばしていた。
「ぁ、うー?」
それはまるで、涙を拭うように。とても小さな手のひらがサクラの頬をぺちりと叩けばサクラはもう一度、大粒の涙をはらりと零した。
「どうしても上手くいかないときや苦しいときはそりゃあるわよ。だけどね、子供が世界を広げてくれる、知らない世界を見せてくれる」
ぐいっと少し乱暴に、サクラの頬をハンカチで拭いメブキは皺が増えた顔でくしゃりと笑った。
「子供と一緒に成長するもんよ」
優しく笑うメブキに、サクラは何度も繰り返し頷いた。
03.嫉妬してるの
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