仕事を早々に切り上げ、陽が沈む前に帰宅すればいつもより明るい気配。靴を脱いで一歩室内に足を踏み入れれば、鼻の奥を擽る食事の匂い。少しばかり腹が主張をしたので我愛羅は右手で下腹を押さえた。

 リビングへ続く扉を開けば、そこに居たのは流しで野菜を洗うメブキの姿。瞬きをする我愛羅に、メブキは人差し指で口元を押さえリビングの隣の和室を指差した。

 和室の入り口を少し開ければ、夕日に照らされながら、ブランケットを掛けて寝ているサクラと我が子の姿。メブキが態々来ているのに寝ているなんて。そう思いサクラを起こそうと和室に進もうとすればメブキから止められた。

「疲れてるみたいだから寝かしておいてあげてちょうだい」
「しかし……」

 中々会える機会がないというのに。そんな我愛羅の気持ちを汲んだメブキは「まあ、まあ」と我愛羅に笑い掛ける。

「お風呂はね、サクラが入れてくれたんだよ」

 だからゆっくり入ってきなさい。そう言われた気がした我愛羅は、和室ですやすやと眠っているサクラ頬を一度撫で、和室を後にした。



「ぅ…ん……?」

 瞼に力を入れゆるりと持ち上げる。少し肌寒い空気に身体に掛けられていたブランケットを握り締める。どこかぼんやりとするからだと意識で真正面を見上げれば、和室の天井と言う事は認識できた。
薄暗い部屋、はて。一体どうしたんだろうか。軽く首を傾げると、隣のリビングから笑い声が聞こえたので、思わず飛び起きた。

「しまっ……た」

 さらりと流れる前髪。飛び起きたサクラは外がすっかりと陽が沈んでいる事に気が付き、随分寝てしまったことに内心慌てていた。
畳みに膝を付き、襖を少しだけ開けてリビングを覗き見た。

「起きたのか」
「ひぃ!」

 襖をほんの少し開けたと同時に、目の前に入り込んできたのは、夫である我愛羅の顔。思わず驚いたサクラは悲鳴を上げてしまい、咄嗟に自分の口元を押さえ込んだ。

「ご、ごめん……」
「旦那の顔を見て悲鳴を上げるとはいい度胸だな」

 ぐにりと右頬をつままれ、サクラは「いたいいたい」と我愛羅に抗議する。人が一人通れるぐらいに開いた襖。和室にいる、座り込んだサクラと視線を合わせるように、我愛羅は敷居の上で腰を下ろしていた。

「パパとママは仲がいいね〜」
「ぅーあー」

 二人のやり取りをリビングの椅子に座り眺めていたメブキは膝の上に乗せた孫に「ねー」と言っていた。


「ほら、アンタ達いつまで遊んでるの! サクラも起きたならさっさと顔洗ってきなさい。もう夜ご飯よ」
 よいしょ。と声を上げてメブキは椅子から立ち上がる。我愛羅とサクラは顔を見合わせて「怒られたじゃないか」「そっちのせいでしょ」と軽くいい合いを続けていた。



 晩飯を食べ終わり、久方ぶりにのんびりとお風呂を満喫したサクラは肩に掛けたタオルで汗を拭い、リビングに足を踏み入れる。そこにはメブキの姿がなく、サクラは首をかしげてソファに腰を下ろして新聞を読んでいた我愛羅に問いかける。

「あれ、お母さんは……?」
 まさかこんな時間に宿にでも行ったのであろうか。そう考えたがどうやら杞憂だったようだとサクラは知る。

「和室で、寝かしつけてくれてる」

 メブキへの警戒心を解いた赤ん坊は、すっかりメブキに懐いてしまった。今日一日、比較的自由に過ごせたサクラはほんの少し寂しい思いも実感した。

「サクラ」
「へ」

 新聞を読んでいた我愛羅は、ソファの背凭れに腕を乗せ、ソファの後ろに立っていたサクラを見上げる。
かさりと聞こえる新聞の音が、サクラは妙に耳に残った。

「少し、散歩でも行くか」
「散歩……?」

 もうすっかり日も沈み、空には満天の星が輝く時間帯。メブキも来ているし、なにより子供をこれ以上メブキに任せっぱなしというのも申し訳ないとサクラは眉を下げた。

「でも、お母さんも来てるし」

 今日はやめておきましょうよ。そう言いたかったが、サクラの言葉は阻止されてしまった。

「いいじゃない、久しぶりなんでしょ? 二人で行ってきなさいよ。あの子の事は心配しなくて大丈夫よ」

 後ろ手て和室の襖を閉めながら、メブキは散歩に行くのを促す。こんな時間だが、二人ともいい歳をしているし。なによりメブキも和室から見えた空がとても綺麗だと感じていたからだ。

「なにも部屋の中漁ったりしないわよ」
 家の周りに沢山の怖い人たちもいるしね。何かあっても大丈夫よ。そうカラリと笑うメブキは家の外に居る暗部の存在に気が付いていた。

「護衛でしょ? あの人達」
 我愛羅に聞けば、コクリと頷く。
「カンクロウ含む数人の護衛暗部だから心配しなくていい」
「ほら」
 だから行ってらっしゃい。今日は星が綺麗よ。そう笑うメブキに後押しされ、サクラは着替える為に自室に向かった。

「なにから何まですみません」
「何言ってんのさ。夫婦はね話し合いが大切よ。特にアンタ達二人とも忙しいんだからこういうときに時間を作っておくもんよ」

 背中を押された我愛羅も、外に出るには少し肌寒いので上着を取りに行く為に自室へと向かう。部屋の明かりをつけず、クローゼットを開け、軽く羽織れる上着を取り出し、窓から差し込む月明かりに我愛羅は視線を向けた。

 星たちが、きらきらと輝く音色を奏でていた。


04.不意に見せる微笑みに
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