青々と広がる雲ひとつない空。
 今から起こる出来事とは無縁で、ただ穏やかだった。


 ブーンと羽音を立て現れた一匹の虫。
それはシノの機械虫。突入を知らせる合図。
 少し離れた場所でドオオオンと何かが崩落する音が聞こえた気がした。

「始まりましたね」
「ええ」
 切り立った崖の下。
 突入まで待機をしているリーとサクラ。仲間の無事と任務成功を祈るようにサクラは右手を握り締めた。

 腕を組み崖上をジッと見ていた我愛羅。
「……情報通りか」
 視神経を繋ぎ砂の目で人質の場所を確認する。
明かり一つない廃墟。ぐったりと横たわる娘の姿が見えた。
 まだ死んでいなさそうだが生命の危機には違いない。
 腕利きの医療忍者が今居る事に安堵感を覚えた。

「どうですか? 我愛羅君」
 リーが我愛羅に問う。視線だけ動かして我愛羅はリーを見た。
「見張りの忍びが約五人。これだけの人数が居る中かなりの手練れだろう。
人質も中央三階、情報通りそこに居る。ただ……」
「ただ?」
 少し眉間に皺を寄せた我愛羅にリーが言葉を促した。

「人質の娘は恐らく生きているだろうが、かなり衰弱しきっている」
 我愛羅の言葉に、今度はサクラが眉間に皺を寄せる。
「我愛羅君、急ぎましょう。任務はあくまで人質の救出。何か有ってからじゃ……」
 慌てるように言葉早く言うサクラに我愛羅はポンっと右肩に手を置いた。

「落ち着け。人質は生きていてこそ意味がある。早々に殺すような事はしない。
数こそ多いが倒せぬ相手ではない。自分の力を、仲間の力を信じろ」
「う、うん」
 何故だか胸の辺りがざわざわとしていたサクラは少しばかり冷静さを欠いていた。
我愛羅の言葉に、少しだけ息を吐いてゆっくりと頷いた。
 サクラにとって未だに慣れないのだ。
大きな任務であればあるほど、自分自身を追い詰める。
 足手纏いにならない様にしなければ、と。

「大丈夫ですよ、サクラさん! 僕がついていますよ!」
 リーは白い歯をキラリと輝かせた。
「ええ、有難うリーさん、有難う我愛羅君」
 生温い空気を吸って、浅く息を吐いた。

「……二人、人質から離れた。行くぞ」
 我愛羅の言葉に二人は頷いた。





 ドオオオンと建物が揺れる。
 随分と老朽化が進んでいる建物は今にも壊れそうなほど。
 今回のは一時凌ぎでここを拠点にしているのだろう。

 元々名のあるお偉いさんが居たのかもしれない建物。
 切り立った崖を我愛羅の砂を使い上り切り、二階の渡り廊下に降り立った。

「中を通り三階に向かう」
 遠くで聞こえる刃のぶつかる音。
 誰かが何かを叫ぶ声。チャクラの流れ。
 三人共肌で感じながら急ぎ足で上の階を目指す。

 三回の中央広間。
人質が捕らえられている扉の前で我愛羅の足が止まった。

 サラサラと目の前の視界が霞んでいく。
 我愛羅が背中に背負ってる瓢箪から砂が意思を持ち動き始めた。

 窓一つない広間の入り口は一つ。
待ち伏せをされている可能性が大いにある。我愛羅の砂が扉を少しだけ押した。

 勢いよく開いた扉。数百もの暗器が三人目掛けて放たれる。
 ザザザと動いたのは砂。

 我愛羅の砂が全ての暗器を防いだ。
 ガシャン、ガシャンと響く無機質な音を立て、無造作に床に落ちる暗器。

 砂の壁から勢いよく飛び出したリー。
 ひび割れた壁からかすかに入る程度の光。
 薄暗い部屋の中、目が慣れるまでに数秒掛かるが、リーは僅かに動く気配を察知し天井右上に狙いを定めた。

「木の葉旋風!!」

 リーの足に蹴り上げる感覚。
 その対象物は勢いよく地面に叩きつけられた。

 ダアン!!

 「ぐぅ!」
 低い男の唸る声。
 リーの背中に高圧な雷の塊。
 ギリギリぶつかるかどうかの寸でのところで砂がその塊を弾き飛ばした。

 雷の塊がガコンと壁に穴を開ける。
 埃が舞う部屋に僅かばかり照らされる陽の光。
敵の忍は三人。部屋の置くでは縄で縛られ動けないでる人質の姿。

「砂縛柩」
 我愛羅の砂が敵の忍の一人を捕まえるが、敵の水遁の術で砂の動きを鈍くする。

「気をつけろ! こいつ等ヤバイ!」
 敵の忍の声が聞こえた。

 我愛羅とリーが三人を相手にしている中、サクラは走った。
 光に反射してキラリと光った何か。

 人質が倒れてる所をよく見れば印が仕込まれ、サクラが手を伸ばせば目の前の光った物体がバチバチ! と電気を帯びていた。

「雷の壁!」
 ハッと息を呑み一歩退く。

「サクラさん! 大丈夫ですか!」
 敵の攻撃を避けながらサクラを心配するのはリー。
「ええ、大丈夫!」
 頭上から急降下してくる忍を避けサクラの瞳は何かを探した。
「術者を倒すか、あの印を解除するか……」
 術者も居なさそうだし、印を解除する方法も有りそうにない。
何より襲撃部隊と撹乱部隊が引き付けてくれているが時間はかけられない。

 だったら、壊すしかない!

 ぐっと奥歯を噛み締め右拳にチャクラを込める。
「はん! そんな攻撃……!」
 目の前の忍は自分に攻撃されると思ったのだろう。
サクラが殴るように拳を突き出すと、笑いながら避ける。
 忍が避けるのを無視して、目の前の雷の壁にチャクラを込めた拳を殴りつけた。

 バチバチバチバチ!!

 拒むように雷が騒ぎ出す。

「この女……!」
 驚いた敵の一人が小刀を腰から抜刀しサクラ目掛けて振り下ろす。
「サクラさん!!」
 リーが駆け出すよりも早く、砂の鞭が忍の首に絡まり天井に叩きつける。

「う、ぐあああ! なめんじゃないわよー!!!」
 拳に更にチャクラを練りこみサクラは叫んだ。
 腕が焼けるような感覚も気にせず、もう一度歯を食いしばり全体重を拳に乗せ雷の壁を殴りつけた。

 しゃーんなろー!!


 サクラの心の叫びと共に雷の壁にヒビが入り粉々に砕け散った。

「まさか!」
「……無茶をする!」
 驚く敵の忍。
 サクラの行動に眉間に皺を寄せ、一瞬ふらついたサクラを砂で支えた。

「余所見をするなんて……」
 我愛羅の目の前に居た忍は気に食わなかったのか言葉を発したが、全てを言い終える前に我愛羅に封じられた。
「黙れ」
 我愛羅の冷たい声を最後に、忍の一人は砂に飲み込まれてしまった。

 様子を伺っていた、リーが最初に気絶させていた忍。
 浅く息を吐き、印を切った。

 サクラが人質を抱き起こした瞬間、床に施されていた印が一瞬点滅し、床が消えた。
「はっ!」

 床が消えた途端、サクラの足に黒い何かが巻きつき人質共々引きずりこまれてしまった。
「サクラさん!!」
 リーが手を伸ばすが僅かに届かず、暗闇の中に消えていく。
 躊躇なく闇の中に飛び込んだ。

 サクラとリーの姿が見えなくなると同時に床が姿を現した。

「わははは、もうあいつ等は駄目だぜ。あの穴に落ちちまえば命の保障はない」
 男は尚も笑い続ける。
 我愛羅の目がスッと細くなった。

 笑い続ける男は我愛羅が一歩、一歩近づいているのに気がついていない。

 ざわざわと騒ぎ出す砂。
 男の体が砂に縛り付けられゆっくりと持ち上がっていく。
「ひっ、ぃい」
「何処に繋がっている」
 感情のない我愛羅の表情に男は体の奥底から恐怖を感じた。
「ち、ち、地下だ! 地下空間に繋がっている。だがあの空間は亡霊の墓場だ。
一度入ったら出て来る事は二度とない!」

 ドサリと落とされる男。カツカツと音を立て出口に向かう我愛羅。
受身すら取れなかった男が短刀を我愛羅の背中に向かって投げつけた。

 ザクリ
 貫通する短刀に男はニヤリと笑う。

 その瞬間、男の意識はブラックアウトした。




 僕が護ります。
 そう誓ったのは嘘ではない。
 貴女が誰を想おうとそれは僕自身が勝手に決めた約束。

 貴女が笑ってくれていれば、ただそれだけで。




2.君のしあわせを、



 願ってます。