生き物の腐敗した臭い。
 その中には人であったであろうものも存在している。

 こんな場所に長居をすれば変な病気を貰ってしまうかもしれない。
 人質として捕まった大名の娘は意識を取り戻し、薄暗い部屋の光景に驚きサクラに抱き震えていた。
「……怖い」
 カツリと足に当たる物体。
 目を凝らしてよく見れば白骨化した何かの骨。

「大丈夫ですよ。貴女を助けるために私達が居るんです」
 極力優しく言葉を紡ぐサクラに少女はゆっくりと顔を上げる。
 年の頃は11、12歳。まさかこんな事に巻き込まれるとは思っても居なかったであろう。

「お父様の元へ帰りましょう」
 優しく笑い、少女を落ち着かせる為に頭を撫でた。
「……うん」
 サクラに抱きついたまま、少女は静かに頷いた。


「サクラさん、天井は駄目そうです」
 スタッと頭上から降りてきたリー。
 上っても上っても天井にまったく着かない。一体どれだけ落ちたのかも見当がつかず
サクラと少女が心配になった為、薄暗い空間を引き戻してきた。
「取りあえず、ここに居てもどうしようもないですね。少し移動しますか」
「そうね、我愛羅君も外に居るだろうし……ここから出る方法を考えないと」
「そう、ですね。何とかここから脱出しないと」

 カツカツと響く靴音。
 何処からか水が滴る音が聞こえる。
 サクラと少女は手を繋いだままリーの少し後ろを歩いている。

「大丈夫ですかお二人とも」
「はい、大丈夫です」
「ええ、なんとか」
 立ち込める腐臭。
 リーは二人を気遣いながら声を掛ける。

 薄暗い通路をどれだけ歩いたか。
 数分なのか、はたまた数時間なのか。その感覚が分からなくなってきていた。

「サクラさん……あの」
「どうしたんですか」
 リーが言いにくそうに口を開いた。

「すみません、貴女を護るとか言いながらこんな事になってしまって」
 サクラの目の前に立ち落ち込んだ様子のリー。
 一瞬、息を呑んだサクラだが唇をきゅっと引き上げ笑った。

「何言ってるんですか! 大丈夫ですよ。皆が居ます。この状況を知っている我愛羅君も居ます。
信じましょう、皆を。リーさんらしくないですよ」
 ほんの少しだけ目を見開いたリーだが、サクラに笑って返事をした。
「そうですね、すみません。外では皆がまだ戦ってますよね!」

 ガサリ

 リーとサクラが話す最中、何かが動く気配。
二人はピタリと足を止めた。サクラの手を握る少女の手に力が篭る。

「何かが居る」
 呟いたリーが構えた。
 その瞬間に黒い物体が飛びリーたち目掛け飛び掛る。

 サクラは少女を抱え、リーは後方に飛んで避けた。
「ひっ」
 少女はその物体を見て思わず悲鳴を上げた。
「なに、あれ……」
 少女を抱え、背中にじわりと汗を掻くサクラ。目の前の物体を見て顔を歪めた。

 蠢くのは黒い物体。
それはまるで人の形をしているが、地面を這って動いている。
 わらわらと何処からか出てくるその物体は壁と、背後の床にびっしりと存在した。

 ゾクリと寒気がした。
 これは幻術の類ではない事をすぐさま理解する。

 その物体数匹が動き、サクラに飛び掛った。
「サクラさん!」
 サクラが動くよりも早くリーが前に出る。
「リーさん!」
「木の葉旋風!」

 リーの足がその物体を捉えた、はずだった。
まるで、実態がないのかリーの足は通り抜けた。
 その瞬間、体を凍らせるような感覚にリーは体が一瞬止まった。

 僅かな隙が生じた事を頭で理解するより早く、リーは体に激痛が走った。
 黒い物体が腕を振り下ろし、リーの腹部を殴りつけた。

 まるで鉛で殴られた感覚。リーは背中から地面に叩きつけられる。
 ゴキゴキと鈍い音が当たりに響いた。

「リーさん!!」
 聞こえた音にサクラは理解する。
 アバラ数本の骨折、もしかすると背骨も損傷したかもしれない。
「うああああ!!」
 腹部を押しつぶされ思わず叫び声が上がる。
 このまま体の臓器が潰されてしまうかもしれない。頭の片隅でリーはどこか冷静だった。


 サクラの声が段々と遠くで聞こえるリーはこのまま、自分は呆気なく死んでいくのだろうかと他人事のように感じていた。
 薄れていく意識の中、一つだけ後悔をした。

 大切な人の悲痛な叫びにも、声すら出せなくなっていた。



3.愛するために、


 僕は彼女に何ができたのだろうか。