相変わらずの穏やかさ。
自里とは違い、あまりにも平和過ぎる同盟国である里を大切だと思えたのは一体何時ごろからだろうか。
視察も兼ねて訪ねた木の葉の里は平和そのものだった。
「よー! 我愛羅、最近はどうだってばよ」
「どうとは何だ。余りにも唐突な」
現火影である綱手への所用を終わらせ、火影塔から出る為出口へと歩いていると随分と聞き慣れた声が聞こえた。
ちらりと視線だけを向ける我愛羅の表情は崩れる事はない。
「なんだよ、相変わらずだなお前。そういや兄ちゃん、姉ちゃんも来てるのか」
「ああ、今頃は木の葉の里を満喫している頃だろう……全く、遊びに来た訳ではないというのに」
小さく息を吐く我愛羅にナルトはニシシと表情を崩しながら笑う。
「いーじゃねーか。キバやシノ達も会いたがってたからよ。それより、この後皆で飯食いにいくけど我愛羅も来るか?」
「俺は構わんが」
「よーし、じゃあ決定だな! 夕方焼肉Qに集合だってばよ!」
絶対来いよ、姉ちゃん達も連れてな! と言いながら明確な時間を伝える事もなく火影塔内に走って姿を消した
ナルトの後姿を見送った我愛羅は頃合を見て向かえばいいかと考えた。
此処最近は護衛だなんだという事で一人になる機会も中々なく、街をのんびりと歩く事も少ない。
改めて木の葉の里を視察も兼ねて歩いていく。
里特有の名産物や郷土品。
笑い合う人達に、元気に走り回る子供の姿。
自里でも見るようになった光景。
平和そのもの。
ぼんやりと眺めるその光景に似つかわしくない怒声が当たりに響く。
「先生! 助けてください」
「サクラ先生アンタなら助けられるだろう!」
「落ち着いてください」
いつの間にか歩いてきていた病院の目の前。
騒がし人だかりの中、砂には決して根付かない花の色をした女が一人。
何時もナルト達と居る時はにこやかに笑い、コロコロと表情を変えるのを覚えている。
いつか見た、真剣な表情に心臓が少しだけドキリと主張する。
春野サクラ。
彼女は我愛羅に気がついた様子はなく運ばれてきた子供を見て、微かに眉間に皺を寄せていた。
辺りに広がる血の臭い。
遠目から見て分かるのは、運ばれてきた子供は助からぬという事。
もし、万が一助かったとしても自由に動ける体は望めないだろう。
「……サクラさん、この子はもう」
無常にも聞こえる言葉。
医師である一人がサクラに言う。
サクラに乞うた女は泣き崩れ、男は女を支えていた。
「先生、何とかしてくれ! 金ならあるだから……!」
男の言葉にサクラの瞳がゆらりと揺れる。
「今から緊急手術を行います。ここは寒いでしょう。院内にどうぞ入ってください」
にこりと笑ったサクラの瞳だけが諦めていなかった。
今まで、誰かの命を奪う事はしてきた。
誰かを護りたいと思い、里のためならば命をかける事もまた、いとわないとさえ思えた。
だが、誰かが傷つき倒れている時、どうすればいいのだろうか。
消えかける命を目の前にした時、助ける事が出来るだろうか。
ガヤガヤと煩い喧騒。
飲めや歌えのドンチャン騒ぎ。
木の葉の忍びを筆頭にテマリやカンクロウもここぞとばかりに飲んだくれている。
他里の忍同士がこうして杯を交わすのは悪くない。
ばらばらと遅れて飲み会に参加する人間の中になんとなく、春野サクラの姿を探したが現れる事はなかった。
「あー、サクラちゃん来ねーのかよー!」
隣でジョッキを空にして項垂れるナルトの言葉に心臓がはねた。
「最近参加しないな、サクラ」
「そうですね。忙しいんでしょうね」
ナルトの大きな独り言に同意するのは木の葉の7班と言われていたサスケとサイ。
「そう言えば聞いたか」
「なんだよ」
「今日の昼、里の外れで子供が抜け忍に襲われたそうだ」
「本当か」
「ああ、親御さんが見つけたときにはもう遅かったらしいぞ」
「戦争が終わったとは言え、危険な事には違いねえ」
「しかもその子供てのが、あの成金の息子だったらしいぜ。
病院に運ばれた後酷かったらしいぜ。あのサクラ先生に難癖つけたとか」
「かっー! これだから成金野郎は! なんでも自分達の思い通りになると思ってるらしいな。
だけど、サクラ先生にも助けられねぇとはなぁ。運がなかったってことだぜ」
少し離れた席から聞こえた男達の声が妙に耳に付く。
ゴクリと飲み干したビールの苦味が口の中に広がった。
彼女は今、何を考えどうしているのか。
自分の腕の中から滑り落ちていく命を見て、何を思ったのだろうか。
無性に、春野サクラ本人の顔を見たくなった。
ザワザワと煩い居酒屋の喧騒が耳に付く。
夜も更ける頃、彼女は一人で泣いているのだろうか。
1 誰一人君にはなれない
俺には、彼女の気持ちは分からない。
→