ただ、シクシクと泣くだけではなく、真っ直ぐ前を見据えるその瞳が奴らを惹きつけるのか。
そう覚えれば胸の辺りが気持ちが悪かった。
「あら、我愛羅君」
深夜の病院から疲れきって出てきたその人物を確認し、どうすればいいかと思案したが結局何一つ思いつかず、
名前を呼ぶだけに留まったサクラは小さく溜息を吐いた。
夜は更け、静けさを主張させ寒空には月が静かに佇んでいる。
月明かりに照らされた薄紅色の髪の毛がキラキラと輝いていた。
「どうしたの? 珍しいわね。何処か怪我でもした?」
忍装束を纏っておらず、にこりと笑うその姿は昼間見た表情と似ても似つかない。
「いや……偶々通りかかってな」
咄嗟に出た言葉に情けなさを覚え、少しだけ奥歯を噛み締めた。
「ふふ、そうなの。何か持ち帰れそうなものは有りましたか」
「……木の葉の医療技術はすばらしいものがある。何れ砂でも医療技術を向上させなければならぬと考えている」
「あら、そしたらその時は私を呼んで欲しいわ」
サクラの言葉に少しだけ目を見開いた。
「私でも、助けられる命があるなら協力したい。国とか里とか関係ないもの」
少し伏せ目がちで、何かを思うサクラの表情に昼間の子供の姿が脳裏に蘇る。
結局のところ、あの子供は助からなかったのかと確信する。
目まぐるしい成長を遂げていると風の噂で聞いた。
五代目火影の弟子であり、次世代の医療界を牽引するのは木の葉の春野サクラであろう、と。
春野サクラという女は、こんなにも小さかっただろうか。
仲間を助ける為に、クナイ一本で立ち向かってきたあの少女はこんなにも小さかっただろうか。
無意識の内に伸ばした手。
気が付けばサクラの目尻を撫でていた。
「我…」
「奴等が心配していた。お前は一人じゃないんだ」
励ましたかったのだろうか。
上手い言葉が見つからない。
奴等なら、もっと上手く伝えられたのだろうか。
ぐるぐると頭の中で巡る思いを遮ったのは、サクラの掌が重なったから。
「……うん。大丈夫よ。私は大丈夫」
にっと歯を見せて笑うその顔はとても幼く見えた。
「そう、か……」
ゆっくりと手を離し、小さく拳を握り締めた。
「ありがとう、我愛羅君。私の家此処だから」
サクラが指したその先は一件のアパート。
特に何かを話すわけでもなく静かに隣を歩いていた。
「ゆっくり体を休めて、十分寝ろ」
「あはは、そうするわ」
笑うサクラの背中を見送り、パタリと玄関の扉が閉まるのを見届けた。
パチリと部屋の明かりが点くのを数秒眺め、踵を返す。
足を止め、一度だけ振り返りサクラの家を見ればもう明かりは消えていた。
誰しも悩んで苦しむ事はざらにある。
代わりなんて出来るはずもない。
だからこそ、崩れそうな時、傍に居るのが自分であればいいと願う。
その華奢な体で全てが受け止められるはずはないというのに。
2 誰もその立場を代われない
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