「聞いたかい、あの話」
「ああ、聞いたよー。あの夫婦だろ? お子さんが亡くなっちまって可哀想だけど…」
「病院に乗り込むって聞いたよ、嫌だねぇ」
「なんでも、手術をしてくれた先生がミスをしたから死んだんだって言いふらしてたって…」
ピタリと足を止め、井戸端会議をしている婦人達にゆっくりと近づき思わず声をかけた。
「それは、本当か」
「わぁ!!」
「な、なんだい一体!」
甘味屋の前で数人話し込んでいた婦人達の目の前に、ぺたりと無表情を貼り付けた我愛羅。
「さっきの話を聞かせてくれ」
木の葉の里を散策していた我愛羅の耳に入ってきた噂話にざわりと腹の辺りが疼いたのを気がつかないふりが出来なかった。
ざわざわと煩い野次馬。
聞こえてくる罵声とそれを止めようともせず、ただ見学してるだけの人間。
正直、吐き気がして堪らなかった。
「貴様のせいで、貴様のせいで我が子は死んだんだ!」
「人でなし! あの子を返して!」
受付の前で騒ぎ立てる一組の夫婦。
ぼんやりとした表情で立っているサクラは心此処にあらずに見えた。
「何が火影の弟子だ! お前の医師免許を大名様に言いつけて剥奪してもらうからな!」
「な……それはあんまりです! 大体お子さんが亡くなったのはサクラ先生のせいではないです!」
「そうよ! 言いがかりは止めて下さい!」
夫婦に反論する看護師達。
騒ぎは更に拡大し入院患者やお見舞いの為来院している者達が続々と見学に現れた。
「いい加減何か言ったらどうなんだ!」
興奮した男が殴り掛かろうとサクラの胸倉を掴んだのを見て、我愛羅は一瞬目を細めた。
「何やってんだってばよ!!」
颯爽と現れ、男の腕を捻り上げたナルト。
今にも殴り殺さんばかりの表情に我愛羅はゆっくりと瞬きを1回した。
「貴様! 放せ!!」
「何やってるか聞いてんだよ!」
「ナルト……」
呟くようなサクラの声。
覇気が無く今にも消えてなくなりそうだった。
「ナルト! お前が騒ぎを大きくしてどうする!」
騒ぎを一喝する声が響き渡る。
カツリ、カツリと音を立て眉をつり上がらせた現火影である綱手までもが登場した。
「お前達も持ち場へ戻れ。検査を受ける患者も見舞いの人間もだ! 見世物じゃないんだよ!」
野次馬として集まっていた人間達に向かって怒鳴り散らす綱手に、肩を震わせそそくさと逃げていく。
「アンタ達、病院内でなにを騒ぎ立てている」
「火影、様……」
綱手のまさかの登場で男は顔を顰め、恨めしそうにサクラを睨んだ。
「アンタの弟子が私達の子供を殺したんだ! どう責任を取るつもりだ!」
「……殺したぁ?」
男の言葉に繭を吊り上げ夫婦を見比べる綱手の後姿をサクラは言葉なく見つめていた。
「アンタ達の事を調べさせてもらったよ。身寄りのない子供を引き取り自分達の手駒として使っている。
今回の抜け忍に襲われたのも抜け忍の情報を子供を使って手に入れようとしていたからだろう。
私が居ない間も今まで何度もあったそうだな。よく子供が変わるらしいと話を聞いたぞ。
今まで何度も何度も、そうやって子供を犠牲にし、都合が悪くなれば医師に難癖つけて金を巻き取って痛そうだな」
綱手が畳み掛ける様に夫婦を睨みつければ苦虫を噛み潰したような表情で綱手を睨んでいた。
「っぐ……」
「人身売買はご法度だ。お前達の罪状はまだありそうだな」
腕を組んだ綱手が「連れて行け」と言葉を吐けば待機していた暗部が夫婦の腕を掴んだ。
それを見たサクラはハッと顔を上げ一歩前に出て綱手の横に並んだ。
「申し訳ございませんでした」
静かに響くサクラの声にざわざわとしていた院内が静かになる。
頭を下げたサクラの薄紅色の髪がはらりと散る。
「私の技量不足があの子を救えませんでした。申し訳ございません」
綺麗に頭を下げたサクラを見て我愛羅は遣る瀬無い気持ちになった。
どれ程の覚悟を持って彼女は人を救う為に戦うのだろうか。
あの夫婦が行ってきた事は別として、サクラが救おうとした命は消えたのだ。
サクラが助けたいと願った命は、結局助からなかった。
それだけが事実として存在する。
震えるサクラの肩を見て、必死で泣くのを堪えているのかと思えば今すぐにでも抱きすくめたいと思ったがその覚悟は自分には持ち合えあせていなかった。
3 誰だって泣きたくなる
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