人を信じるためにはまず中々にして難しい。
まず己が人を信じなければならない。
ただ、それはなによりも恐ろしく、なによりも怖かった。



 さぼてんの、花


 四代目風影である父親が亡くなった。
正確に言えば、亡くなっているのが発見された。
悲しみに包まれる里と、血を分けた姉と兄。

 心臓の奥が少しだけ痛んだ気がしたが我愛羅は正直、どこか安堵していた。


 ざわざわと向けられる視線。
父が亡くなったと言うにも拘らず表情一つ崩さぬ我愛羅に向けられる視線は相変わらず痛い。
仕方がないだろうと頭の片隅で言葉を吐き捨て、居た堪れなくなってその場から逃げるように立ち去った。


 黒い喪服に身を包み静かな里内に足を運ぶ。
人一人いないような雰囲気に、まるで取り残されてしまったように感じる。

「……里が泣いている」

 里の民は誰の為に泣いているのか。
空を眺めれば、ギラギラと輝く太陽と青空が広がっていた。

 ビュウウと一瞬吹く大きな風。
コツンと足元に何かが当たったと思い視線を落とせばボールがひとつ。
古びたそのボールを拾い上げれば、すみませーん! と幼い声が聞こえた。

「ごめんなさい、今の風で飛んでいっちゃって!」

 ぱたぱたと足音を立てながら現れる幼い子供。
手に持ったボールと目の前の子供を交互に見て、手渡そうとした瞬間目の前の子供を抱き抱え庇う女が脅えた顔を見せた。

「す、すみません……!!」
 子供を抱き抱え脅える表情を見せる女。多分目の前の子供の母親なのであろう。
子供を見れば幼い瞳がまっすぐと不思議そうに見つめてきた。

 すっと、手を伸ばせば母親が小さく、ひぃ。と声を上げる。
それは無視をして子供の頭を一度だけ撫でた。

「飛ばさぬようにしっかりと持っていろ」

 脅えさせないように言えたであろうか。
子供にボールを渡し、立ち去ろうとくるりと振り返る。


「お兄ちゃん! ありがとう!」

 ありがとう。その言葉に弾ける様に顔を上げ振り向けばにこりと笑う子供の顔。
手を振る子供にぎこちなく右手を上げれば、またね! と言われたことに息をのむ。
 ぺこりと頭を下げる母親に手を引かれ歩いていく後姿に右手の拳をほんの少しだけ握り締めた。




「我愛羅、何処に行ってたんだ」

 屋敷に帰り開口一番に落とされた言葉。
その言葉に、散歩。と答え居間を通ればカンクロウが我愛羅を見ていたが、その視線に気が気が付かぬふりをして自室へ向かう。

 そんな我愛羅の後姿を眺めていたテマリとカンクロウは小さく溜息を吐いた。




今更、どうやってその距離を埋めればいいか分かるわけなんてなかった。
変わりたい。変われるかも知れない。
誰かに必要とされたいと、愛されたいと心が叫ぶ。

『そんなことできるわけねぇだろ』

 腹の底で獣が唸り声を上げた気がした。
掌を握り締め、我愛羅は暗闇にぼんやりと浮かび上がる月を見上げる。


「変わらなければ」

 ぽつりと呟いた言葉に腹の中で、獣がつまらなそうに欠伸をした。